消防防災の課題と展望を提言する 消防防災
視点・消防防災

「テロリズム等の危機事態における警報、避難行動、救急搬送の諸問題」

福田 充
日本大学法学部准教授

1 はじめに

95年3月の地下鉄サリン事件は、オウム真理教が化学剤サリンを用いてライフラインとその利用者をねらった都市型テロであったが、その負傷者の救急搬送の問題、救急病院の受け入れ体制の問題、現場で対応にあたった駅員、警察官も被災するというファーストレスポンダー対策の問題など数多くの問題点が明らかになった。また99年9月の東海村JCO臨界事故はテロリズムではないが、放射能漏れによる広範囲にわたる住民の避難、屋内退避の問題が発生した。その後、国民保護法制の整備と、国民保護計画による訓練の実施やシナリオ作成が進み、テロリズム等の危機に対する住民の保護体制は進みつつあるが、しかしながら、テロ事件発生の際の警報発令の問題、メディア対応の問題、住民への避難指示の問題、負傷者の救急搬送の問題にはまだまだ未解決の問題が山積の状態である。

2 テロリズムと自然災害の相違点と共通点

自然災害大国とも呼ばれる日本では自然災害対策は政策面でも研究面でも他国と比べても充実しているが、他方でテロリズム対策について見ると、60年代から70年代にかけての左翼ゲリラや過激派による爆弾事件、ハイジャック事件、人質事件などテロ事件は日本国内で多発していたにもかかわらず、戦後政治体制の中でこれらを国内治安問題のフレームで扱わざるを得なかった日本政府やマスコミは、これらを国際的テロリズムの文脈において国民保護の対象として総合的に対策することは困難な状況であった。テロリズム対策が常に日本において「古くて新しい問題」であることはこのためである。同じ国民、住民の保護の問題であり、危機管理の問題ではあるが、テロリズム対策と自然災害対策には、共通点と相違点があることをまず認識する必要がある。

まずテロリズムが自然災害やその他の大規模事故と異なる部分は、テロリズムが人為的に発生する「政治的コミュニケーション行為」であるという点である。自然災害の対策は自然現象を相手としているが、テロリズムには具体的なテロリストやテロ組織という対象が存在し、かつそのテロリストやテロ組織には、テロを仕掛ける「標的(target)」や「手段(method)」、そして「声明(statement)」による要求、それによって達成されるべき「目的(goal)」が存在する。Nacos(1994)やHoffman(1998)らも指摘するように、テロリズムとはテロリストが自らの要求を社会に知らしめ、政府や国民を動かすことによって自らの目的を達成するための政治的コミュニケーションであるといえる(福田、2006)。

テロリズム対策にはテロリストがいかなるゴール・目的を目指してテロリズムを実行するかをシナリオとしてシミュレーションすることが重要である。そのため、明らかとなるもう1つの相違点は、テロリズム対策にはそれを「予防(prevention)」するための活動が重要であるという点である。空港での出入国管理体制や、テロ資金のマネーロンダリング対策、防犯カメラなどの監視体制、サイバーテロ等を防止するためのネットワーク対策等がこれにあたる。しかしながら、テロリズムにおける予防には、それに加えて「インテリジェンス」(諜報活動)が占める割合が大きい。テロリズム対策におけるインテリジェンスの進むべき方向性としては、特に911同時多発テロ事件以降のアメリカを中心に、日本を含めた先進国の間で普遍的なパラダイムが存在する。ひとつは、組織ごとにバラバラに存在しがちであるインテリジェンスの機関を統合してテロリズム対策の統合運用を実施するという方向性である。Betts(2007)も指摘するように、911以後、DHSの創設や、CIAやFBI、NCTCといったテロリズム対策に関連する諸機関における情報システムの統合などがこれにあたり、日本においてもこの可能性が模索されている。筆者は今年1月から2月にかけて、米国内でDHSやFBI、NCTCのテロリズム対策、インテリジェンス活動に関するヒアリングを実施した。このリアリズム・アプローチは、ブッシュ政権が強力に推し進めてきた共和党的なパラダイムであるともいえる。もうひとつは、Jervis(2007)が指摘するような、民主主義体制におけるインテリジェンスと市民生活のバランスの問題である。市民の「人権・自由」と市民の「安全・安心」という対立がさまざまな国々において発生しているが、民主主義体制を守るためには、市民の「人権(human rights)」や「自由(liberty)」を守りながら、同時に市民の「安全(security)」や「安心(safety)」を守るというインテリジェンスの方向性が模索されている。このリベラリズム・アプローチは、アメリカの政治状況では民主党的なパラダイムであるといえる。今年11月のアメリカ大統領選挙に向けてアメリカ社会とテロリズム対策がどのような方向性に進むかが注目されるところである注1)。テロリストに対するインテリジェンス抜きにテロリズム対策を行うことはできないことも、テロリズムが政治的コミュニケーション行為であり、情報戦であることの証左とも言える。

テロリズム対策におけるインテリジェンス活動以外の予防のためのプラットフォーム作りは、自然災害対策における予防に近い側面があることも事実である。自然災害や大規模事故でも被害発生レベルの軽減や予防が可能である。例えば、土砂崩れや河川の決壊を防ぐための土木工事などの物理的予防措置、またそのような事態が発生した場合に、警報や注意報を発して住民に避難や対応を呼びかける情報伝達予防措置、そして原発や工事、交通システムなどの運用面における事故発生予防措置などの予防措置が可能である。このレベルにおいては、自然災害対策とテロリズム対策が問題を共有できる。また危機管理において重要なのは、危機に対する予防(事前)と対処(事後)のバランスである。先に述べたようにテロ対策における事前予防の観点が重要なのは言うまでもないが、現在の日本において特に求められているのは、むしろ発生事案に対する事後的対処のためのテロリズム対策である。この事後的対処の部分では、自然災害対策とテロリズム対策において共通点が多く、これまで得られた自然災害対策研究による知見をテロリズム対策にある程度応用することが可能である。この論考では、テロリズム対策における事後的な対応で主要な問題である、テロリズムに関する警報や、住民の避難、救急搬送における情報伝達の問題について、テロリズム対策の本場であるアメリカの事例にも触れつつ、自然災害研究における知見を応用しながら考察する。

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