本書は20年も前から日本の救急医療体系を立ち上げるのに、川崎医科大学救命救急に講座を主宰してこられた小濱啓次博士が今後の日本の救急医療の革命を目指して書き上げられた本である。
編著者の小濱博士は、昭和39年に聖路加国際病院の卒後研修医のコースを修了された時、私は、将来是非救急医療の分野のパイオニアとなってほしいと頼んだのであったが、その後小濱博士は大阪大学や県立西宮病院で救急医学を専攻され、倉敷市の川崎医科大学の開学時には救急医学講座の主任教授として活躍されてきたのであった。
普通の大学病院では三次救急に重点を置いている所が多かった中で、研修の訓練のためにも第一次、二次、三次の救命救急医療を実践されたのであった。
更に日本ではもっとも早くドクターヘリを開き、日本におけるドクターヘリ法の制度化の計画班の中心的指導者となられたのであった。
本書にはまず救急現場の美しい写真が載せられ、第1章以下には先生の考えられた救急医療改革案が書き下されている。
日本の救急医療の改革には、新しい役割分担が必要であり、しかも分担がそれぞれ単独に機能するのではなく、お互いに密な連携を取ることの重要性、さらには国全体のシステムを運用するには集約化と分散の必要性が強調されている。その提言は、1から7に分けて述べられ、わが国の公的行政と民間施設との機能のインテグレーション、更に民間救急の導入や市民教育の必要性が強調されている。
最後には不足する救急医の養成とその数と質の保持のための経済的条件にまで触れられている。
これらの改革案は20年にもわたる彼自身の経験から得られ、エビデンスをもっての改革案であることを私は強調したいと思っている。
本書が、救急医は無論、国家や都道府県での行政に携わる者や民間施設の関係者に広く読まれることを期待したい。
平成20年4月
聖路加国際病院理事長・名誉院長 日野原 重明
“命を救う”という行為ほど、強烈に情熱をかきたてたり、感動を巻き起こしたりするものは、ほかにないだろう。新潟県中越地震の時、山崩れの巨大な岩石のわずかな隙間で奇跡的に生きていた幼児を、時間をかけて救出することに成功したハイパーレスキュー隊の活躍が、日本中の人々をいかに感動させたかは、記憶に新しい。このテレビ中継を見ていた若者が、救急隊員になる決心をしたというエピソードが伝えられたほどだ。
だが、医療界の現実は、極めて厳しい。阪神・淡路大震災の広域火災現場で苦闘した消防・救急隊員たちの「もっと命を救いたかった」という悲痛な叫びを、私は忘れない。その叫びは、震災時だけでなく、日常的な事故、火災、急病などの際に、しばしば聞かれることだ。救急医療における救命率の向上に決定的に貢献するのが、ドクターヘリであることは論ずるまでもない。
救急医療の改革に医師人生をけてきた小濱教授の、救急ヘリの全国システム作りへの提言は、「救える命を救いたい!」という切実な叫びであり、開拓者精神かられ出たあるべき国策への真摯な問題提起だ。この具体性のある提言の基盤には、20年余にわたる実践がある。国民の命を守るために、行政をはじめ関係組織は、小濱教授の提言の実現に向けて、エンジンを全開させてほしい。
平成20年4月
ノンフィクション作家 柳田 邦男
「医療崩壊」という過激な言葉が、現実味を帯び、なんの違和感もなく語られる不幸な時代を迎えている。
特に、救急医療の分野は、残念ながら、崩壊度の最も高い分野であると言わざるを得ないであろう。救急医療の現場をあずかる救急専門医の危機感は、誠に深刻である。
そういう情勢を踏まえて、つとに、先見性をもってドクターヘリの必要性と重要性を訴え続けてこられた小濱啓次先生を中心とする救急医療の専門家たちが、『救急医療改革―役割分担、連携、集約化と分散―』を上梓された。
その内容は多岐にわたる。提言は、ときに過激である。しかし、それらは、正論である。
本書は、救急医療の現場で活動する方々に読んでいただくだけでなく、救急医療・救急業務を担当する行政官、さらには、ひろく国民各位にも、ご一読願いたいと思う。
新しいことを進めようとする場合、「出来ない理由」の四つや五つは、すぐに見つかる。
しかし、そこで諦めて、思考と努力をストップさせたら、改革など出来るわけがない。
「出来る理由」を一つでも二つでも見つけて、しゃにむに前進する気概と情熱を関係者は持ってほしいものである。
本書が、救急医療の改革を進める上で不可欠な気概と情熱を奮い立たせるとともに、改革のための有効な処方箋を提供するものになることを願ってやまない。
平成20年4月
認定NPO法人 救急ヘリ病院ネットワーク理事長 國松 孝次
編著者が平成元年に救急救命士の誕生につながった厚生省の救急医療体制検討委員会に参加してから、今年で20年になる。その間、厚生科学研究、救急医療関連の委員会、学会に参加し、医科大学における救急医学教育の開始、救急部と高度救命救急センターの運営、ドクターヘリの運航開始等、我が国の救急医療体制の改善に私ながらに多くの仲間と共に努めてきた。しかし、いまや医療界は医療崩壊といわれるように、大変な時代に突入している。その大きな原因は医療費抑制による医療機関の経営圧迫と医師不足である。このような状況下においても、患者は専門医による高度医療を要求し、それが満たされない場合は、高額の医療訴訟を起こす。この流れは、救急医療の現場においても然りであり、結果として、我が国の救急医療を長年支えてきた私的救急医療機関が減少し、地域住民が頼りにしていた病院や診療所がなくなり、昭和45年前後にみられた救急患者のたらい回しが再びマスコミを賑わし、救急医療体制の崩壊が大きな社会問題になっている。このような状況下にあって、これからの救急医療体制はどうすれば良いのであろうか。破れを継ぎ接ぎで補うような中途半端な対策ではなく、消防による救急業務も含めて、今後につながる大改革を行い、将来に向けて、国民のための新しい救急医療体制の構築がなされなければならない。
本書では、20年の集大成として、救急医療の現場を長年実践してきた医師達が中心となって、これからの新しい救急医療体制を提案する。なかには厳しい意見もあるが、ご了解願い、皆でまじめに検討して欲しいと思う。いま、早急に対応しなければならないことは、一つの救急医療機関がすべての救急患者を受け入れるのではなく、それぞれの医療機関がそれぞれの診療能力に応じて役割分担し、救急患者に対応すると同時に、それぞれが連携し、最終的には全科24時間対応可能な総合病院(救命救急センター)に集約化していく流れと、そこで急性期の治療を終えた患者が、それぞれの地域の医療機関に分散され、総合病院に常に空床が確保されるシステム(地域救急医療パス)が、全国の都道府県を一つの医療圏として構築されなければならない。このシステム創りは、既に24時間救急対応を必要とする小児医療、周産期医療において始まっている。本書にある宮崎大学医学部池ノ上教授の周産期医療においては、見事に役割分担、連携、集約化と分散が適切に行われ、新生児死亡率を低下させている。この時、連携、集約化と分散に大きな役割を果たすのが、救急情報システムであり、ドクターヘリ、ドクターカーだと思う。特にドクターヘリ法制化による全国的なドクターヘリの導入と医療計画を有効に活用するためには、従来の市町村単位消防による救急業務による対応ではなく、少なくとも重症傷病者については、都道府県を中心とした救急情報システムを導入し、都道府県下の国民に均等な三次救急医療(重症傷病者への対応)を提供することが必要である。救急医療体制をどのようにすれば、国民にとって安心できる体制になるかは、救急医療の現場を24時間体制で行っている医師が中心になって、より良い救急医療体制を提案し、国及び国民の賛同を得て、救急医療は医の原点であることを実証、実践すべきであると思う。このためには、救急医の立場としては、救急医(各科の救急診療を行っている医師を含む)が非常に安い賃金で、24時間診療という苛酷な労働をし、苦労していることを理解してもらわなければ困る。医師が徹夜をして救急診療に努力し、苦労しているとの認識は、国にも国民にも薄いように思う。救急医には徹夜の診療に対する休みとそれに見合った賃金を医師個人に与えるようなシステムを考えなければならないと思う。私は救急診療の医療費が、特に勤務医の場合、医師個人に全く還元されていないのは大きな問題であると思っている。救急医療は仁術であると同時に算術であること(要するに救急医療にはお金がかかること)も認めてもらわなければ、救急医はいなくなる。若い医師は救急診療が嫌いなわけではない。このままだと救急医療に若い医師が参加しなくなり、救急医療は崩壊する。
救急医療には地域性があり、画一的な方策では対応できない。本書の執筆をお願いした先生方は、それぞれの地域で救急医療を実践され、苦労されてきた先生方である。どのような方法で救急医療を行えば、どのような結果が得られるか、ということを、具体的に示している。その内容を読み取っていただき、それぞれの地域に適した救急医療対策を考えていただけたら、我が国の良い救急医療体制ができるのではないかと思う。一国の総理大臣が施政方針演説のなかで救急医療体制の整備を述べている。いまこそ国も医師も消防も抜本的な救急医療体制の大改革を行い、国民にとって安心できる救急医療体制の構築を進めなければならない。編著者の提言は理想論であるかもしれないが、これらの提言を一歩、一歩進めることが、より良い救急医療体制に近づくことになると信じている。効果ある救急医療体制の構築が全国に広がることを願っている。
平成20年4月
川崎医科大学、川崎医療福祉大学 小濱 啓次
編著: | 小濱 啓次 | :川崎医科大学名誉教授、川崎医療福祉大学教授 |
著者: | 浅井 康文 | :札幌医科大学医学部救急集中治療医学講座教授 |
池ノ上 克 | :宮崎大学医学部産婦人科学教授 | |
石原 哲 | :白鬚橋病院院長、東京都医師会救急委員会委員長 | |
大友 康裕 | :東京医科歯科大学大学院救急災害医学分野教授 | |
奥村 徹 | :佐賀大学医学部危機管理医学教授 | |
小倉 真治 | :岐阜大学大学院医学系研究科救急・災害医学分野教授 | |
甲斐 達朗 | :大阪府済生会千里病院千里救命救急センター長 | |
茂松 茂人 | :茂松整形外科院長、大阪府医師会救急担当理事 | |
篠崎 正博 | :和歌山県立医科大学救急集中治療部教授 | |
種村 一磨 | :曙会シムラ病院理事長、病院群輪番制運営協議会委員長 | |
鈴木 真 | :亀田総合病院産婦人科産科部長 | |
高山 隼人 | :独立行政法人国立病院機構長崎医療センター救命救急センター長 | |
堤 晴彦 | :埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センター教授 | |
野口 宏 | :愛知医科大学高度救命救急センター教授 | |
福田 充宏 | :前高知医療センター救命救急センター長、協和会加納総合病院顧問 | |
藤村 正哲 | :大阪府立母子保健総合医療センター総長 | |
辺見 弘 | :独立行政法人国立病院機構災害医療センター名誉院長 | |
前川 剛志 | :山口大学大学院医学系研究科救急・生体侵襲制御医学教授 | |
益子 邦洋 | :日本医科大学千葉北総病院救命救急センター教授 | |
横田順一朗 | :市立堺病院副院長 |
(五十音順)