本書のテーマは、「違法収集証拠排除法則」です。現場での対応や公判等において、留置きとともに問題になることが多い違法収集証拠について、重要判例や、転換期となった平成15年以降の無罪判例を多数紹介しながら徹底解説します。
※「判例から学ぶ捜査手続の実務 捜索・差押え、違法収集証拠排除法則編」(平成16年刊)では扱っていない判例を多数掲載しており、内容はほとんど重複しません。
本書は、私が専修大学大学院法学研究科修士課程において、違法収集証拠排除法則を研究テーマとし、修士論文として提出した「違法収集証拠排除法則の一考察〜平成15年最高裁判決以後の証拠排除裁判例の類型別考察〜」を実務書として発刊するものである。
違法収集証拠排除法則は、アメリカ合衆国連邦最高裁判所が、1914年、ウィークス事件において、初めて連邦捜査官による連邦事件において採用し、その後、1961年にマップ事件において、全ての州事件においても適用することを確認したものであり、これは我が国の判例・学説にも大きな影響を及ぼしたといわれる。
いうまでもなく、我が国の最高裁判所は、昭和53年にいわゆる「大阪覚せい剤事件」において、初めて違法収集証拠排除法則の採用を宣明し、その後、平成15年にいわゆる「大津覚せい剤事件」において、最高裁判所として初めて違法収集証拠の証拠能力を否定した。
この間、専ら覚せい剤事犯において同法則適用の可否が争われ、これに関する最高裁判例や多くの下級裁判所の裁判例が登場している。
本書では、まず、連邦・州事件を問わず一律に違法収集証拠排除法則を適用することを確認したアメリカ合衆国連邦最高裁のマップ事件判決、次に、我が国における同法則に関する最高裁の動向、つまり同法則に関しての黎明期、同法則の採用・適用の足跡を通観しながら、特に、平成15年最高裁判決以後において、高等裁判所、あるいは地方裁判所が証拠排除した裁判例10件(無罪・確定)を個別に検討・評価した。その上で、違法と認定された捜査手続を違法類型別に分類し、さらに、その捜査手続上の問題点を探求・指摘し、当時の捜査員にとって他に執り得たよりよい対応可能性を提示することとしたものである。
現在の薬物情勢、とりわけ覚せい剤事犯は、全薬物事犯の8割を超え、しかも検挙人員も依然として1万人を超え、かつその再犯者は検挙人員の6割を占め、特に暴力団構成員等の検挙人員が過半数を占めるなど、社会に浸透した厳しい現状にあるため、その捜査・検挙は最重点事項である。
加えて、警察組織においては、急速な世代交代とともに、若年化が進み、捜査技能の伝承・習得が喫緊の課題となっている。
このようなことから、違法収集証拠排除法則の一考察として、先に発刊した『特別編・ 強制採尿を前提としてなされる「留置き」の適否をめぐる裁判例と捜査実務(現場)への提言』とともに、本書が、職務質問・所持品検査、任意同行、取調べ、強制採尿令状の請求等における適正な捜査手続の推進に有効に活用されることを願っている。
平成28年8月
細谷 芳明