編集にあたって
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本巻は、独占禁止法(競争法)、知的財産権、及び渉外(国際取引)を対象としている。各々の法分野ごとに一巻を構成してもよいような法分野ではあるが、全体の構成の関係で一巻にまとめることとなった。
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本巻が対象とする法分野は、原則的には企業の事業活動において発生する法律問題であり、一般の弁護士業務の観点から見ると専門性があり、したがって、弁護士が自身の顧客企業から依頼された実際の事件処理にあたっては、各分野に専門性を有する弁護士に更に依頼することが必要となる場合が多い。このような場合においても、顧客企業と対応する弁護士は、事案処理を丸投げするのではなく、顧客企業と専門家弁護士の間に入って円滑な事件処理に協力することが望まれる。本巻においては、各分野の代表的な法的問題をとり上げ、これらの解説を通じて専門分野外の弁護士が、当該法分野の特殊性についてチェックリスト的な理解が得られるように心懸けた。
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独占禁止法は、1990年代に入り日米構造協議を踏まえ、その執行が目に見える形で強化されてきている。カルテル行為に課せられる課徴金、特に悪質な事案についてなされるとされる刑事告発は、企業活動において大きなリーガルリスクである。審査手続は、強制的調査を含む捜査手続であり、審判手続は、審査の結果に基づく勧告に不服がある場合になされる争訟手続である。公正取引委員会は、独立行政委員会であり、これらの手続も準司法手続といわれるが、法的には行政手続であり、その実務も通常の刑事裁判手続と多くの点において異なっている。独占禁止法実務において弁護士としてより日常的に取り扱う可能性がある分野は、取引契約とか、企業の再編等における関連条項・スキームの独禁法コンプライアンスである。一定の合併、営業譲渡等は、公正取引委員会の認可が必要であるから、同委員会における審査手続を経るが、他の多くの分野は、弁護士の法解釈に委ねられる。本巻では紙幅の関係で、カルテル(3条、8条)
事件の審査・審判手続及び合併・営業譲渡等の解説を掲載したが、不公正な取引方法(19条)
関係について、また近時、そのリスクが急激に高まっている海外独禁法違反事案については、触れることができなかった。
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知的財産権は、今日の日本の産業構造の変革の中においても企業の財産の中核を占め、その適切な権利化、利用が企業戦略の最重要課題となり、これは企業の規模によって変わるものではない。弁護士がこの法律分野において、顧客企業から求められる質問の多くは、知的財産権の権利化の部分であり、いわゆる「出願業務」といわれる部分である。特許権、実用新案権、意匠権、商標権等の登録に関する部分は、特許庁における手続であり、本巻においてはこの部分は割愛した。しかしながら、ネットビジネス分野におけるビジネスモデル特許という新しい法分野については、その背景を解説した。知的財産権についての「侵害事件」が裁判所における争訟手続であり、これについては特許侵害訴訟の流れについて解説した。商標、不正競争防止法については、偽造品対策という侵害品対策スキーム全体を説明し、その中で、税関における輸入差止手続、刑事告訴、民事裁判の利用のオプションを解説した。また、コンピュータソフトウェア及びインターネットに関して各々2000年問題、ドメインネームについての紛争実例を解説した。
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日本の裁判所という視点を中心におくと、渉外分野は、通常の弁護士業務の中でも本巻の他の法分野に比較しても更に遠い存在に思われるかも知れない。しかしながら、取引の世界はますます狭くなっており、ネット社会の到来はグローバリゼーションを加速している。したがって、顧客企業が横文字の契約書に頭を抱えて永年の顧問弁護士のところへ飛び込んできたり、更には、自社が製造した製品について、米国で製造物責任訴訟が提起されたらしいと相談にきたときに、渉外分野はやっていませんと追い返してしまうことは、弁護士として必ずしも正しい対応とは言えない。渉外弁護士と言っても、他国で起こる争訟手続、他国の法律解釈の問題については、結局、他国の法律事務所に依頼するものであり、その機能は、コーディネーター的なものとなる。本巻においては、PL訴訟、インターネット国際訴訟、仲裁という国際的紛争の特殊性について解説し、更に、国際的契約の交渉実務について解説した。
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2002年2月20日
松尾 眞
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