刑法総論を英語で解説したテキストが発刊!
本書は、我が国の刑法を英語で書き表したものである。筆者は、ロシア連邦のサンクトペテルブルク大学(旧レニングラード大学)から、我が国の刑法総論の集中講義を依頼されたことから、その講義用ペーパーとして本書の元となるものを作成し、実際に授業でそれを使用した。したがって、刑法の全体的な理解を主たる目的としているため、例えば、原因において自由な行為や罪数論などについては特には触れていない。その点は従来の刑法の教科書などとは異なっているし、また、逆に、少年の刑事責任に関する説明も依頼されたことから、少年法に関する記述が含まれている。その後、同書に加筆・修正を加えた上、日本語訳を付けたものが本書である。
したがって、本書では、刑法全体を扱っているものの、だからといって刑法のすべての概念や論点を拾い尽くしているわけではない。筆者の取捨選択に基づいているので偏りもあると思われるが、適宜な分量という配慮などからして、当面、必要最小限と思われるものを拾っているものであることをご理解いただきたい。
我が国を取り巻く国際情勢を見ると、以前とは比べものにならないくらい、あらゆる面で国際化が進んでいる。海外にある国連を始めとする国際機関等への邦人の就職・就業などの増加を図ることも国家的な喫緊の課題とされている。翻って、我が国の法律界における国際化への対応はどのようなものであったのであろうか。国際法の分野などを除いて、国内法分野の国際化への対応は非常に乏しいものであったとしか言えないのではないかと思われる。これまで我が国では、刑法を英語で表記したものは非常に少なく、我が国の学生や研究者が気軽に手に取って日常的に参照するようなものはほとんどなかったといってよい。そのため、海外で諸外国の法律を学ぼうとする者にとって、我が国の刑法の紹介・説明をしようと思っても困難を来すということがあったのではないかと思われるし、また、来日した学者又は法律実務家、更には留学生等に対して、我が国の刑法などの全体像を説明して理解を求めようとしても、同様の困難があったのではないかと推測される。さらに、来日して我が国の刑法を学ぼうとする留学生らにとっても、必要な英文表記の解説書がなかったのである。
このような観点から、本書がいくらかでも国内法の国際化対応への試金石となり得るのではないかと考え、出版に至ったという次第である。
本書では、日本語訳も付けてあるが、日本語訳は直訳ではない。むしろ日本語版と呼ぶのが相応しいと思われるものであり、情報量も日本語版のほうが多くなっている。英語版は繰り返しや、学説の名称など余計な表現はかえって混乱をもたらすおそれもあるので、極力シンプルに表現するように試みてある。翻って、日本語版は、理解を助けるために、繰り返して別の表現で説明した部分などもあり、従来の刑法総論の教科書に近い形になっている。
判例の英訳などは筆者の責任において行っている。ただ、いわゆるシャクティパット事件、いわゆるスワット事件、自招侵害事件など、近時の重要判例については、最高裁において、その判決の英訳を公開していることから、それらについては、当該英訳を参考にさせていただいた上、筆者において適宜要約するなどして表記している。
なお、本書での英語表記の適切性・妥当性については、Editage社にnative checkを依頼しており、同社において品質保証がなされている。同社に厚く謝意を表したい。また、刑法等の条文の英訳についてはすべて法務省が運営する Japanese Law Translation のデータベースに掲載されたものをほぼそのまま使用している。
本年6 月、刑罰の種類に関して、懲役刑と禁錮刑の区別をなくし、拘禁刑に一本化するための法改正がなされたが、その施行はかなり先なので、ここでは従来どおりの法制度について説明してあることを付言しておきたい。
本書が、我が国の刑事司法制度に興味を持ち、海外に飛躍しようとする日本人学生の希望の実現や、我が国の刑事法の理解に努めようとする留学生らの勉学の一助になれば、筆者としてはこの上のない喜びである。
令和4年8月
城 祐一郎