捜査実務に直結する捜査手続・証拠法に関して詳細かつ踏み込んだ解説を行った。
単なる理屈の説明にとどめず、刑事裁判の場で問題になった実例(判例)、捜査の現場で問題になった実例(それを若干加工した仮想例)を分かりやすく紹介しながら、判例・通説の考え方を解説した。
「アドバイス」欄を随所に設け、捜査実務の現場において捜査官が悩まされる問題について、具体的な留意点を示した。
平成28年刑事訴訟法等改正によって創設等された「刑事司法改革」関連の各制度の趣旨・概要を分かりやすく紹介・解説するとともに、実務上使われる書式例等にもその改正内容を反映させた。
刑事司法改革全般について概観した上、捜査実務に関連のある個別制度については、関連する設問で別途、詳細に解説した。
「新しい時代」における捜査官は、真相解明の専門家であるだけでなく、適正手続確保の分野でもプロを目指す必要があるので、捜査の適正手続を確保するための関係制度・運用方策について、実務上の留意点も含め、丁寧に解説した。
全体的に、ポイント欄、図面等を活用し、できるだけ具体例に沿った解説をするようにし、初学者にとって、取っ付きやすく、分かりやすくなるようにした。
判例・裁判例としては、平成30年前半までに公刊物に登載されたものの中から、実務上の意義が大きいと判断したものを紹介し、解説を付した。
スタンダードな教科書で取り上げられている論点、取り分けアップツーデイトな論点について漏れなく解説したが、これだけでなく、現場の捜査官が遭遇する、一般の教科書に書かれていない問題点も取り上げ、一応の解答を示すようにした。
「できる捜査官」は、「公判にも強い捜査官」でなければならないとの立場から、設問1でイラスト、フローチャートを活用し、仮想の事件(夫による妻殺し事件)に即して公判手続の流れを概説した上、設問66で、公判手続の基礎知識について解説し、設問68で、捜査官が証人出廷する場合の留意点を説明し、巻末に、捜査官に対する証人尋問の実例を紹介するなどし、公判手続の入門的理解を得られるようにした。
本書の目次は、初版以来、事項索引を兼ねられるよう詳細なものにしてある。
読者が執務上疑問を持ったときには、疑問に関連するキーワードがはっきりしている場合には巻末の事項索引に当たるのが最も便宜であるが、当該疑問に関連するキーワードが明確でない場合には、目次を一読しながら、関連しそうな解説を探していくのがよい。解説中において、重要語句・概念について、「⇒○」として参照すべき関連事項を示しているので、これに従って参照先をたぐっていく方法もある。
平成元年(1989年)に初版を上梓した本書が、平成と共に30年余の歩みを続け、間もなく新元号になろうとするこの時期に、「新時代にふさわしい刑事司法制度」の創設を目指す刑事司法改革の一環として導入された各制度の解説を追加するなど、内容を大きく刷新させた第4版を出すことになったことは、偶然とはいえ感慨深い。
初版のはしがきで、本書の狙いについて、「①実例に即し、『かゆいところに手が届く』コンパクトな捜査手続に関する解説を提供すること、②捜査環境の変化に対応した捜査官の心構えを示すことにあります。」と述べた。第4版もこれと変わりない。これからの新しい時代に活躍する捜査官・検察官に対し、捜査手続に関する、実例に即し、実務に役立つコンパクトな解説を提供するとともに、「新しい時代の捜査環境」に対応した捜査官の心構えを示すことが狙いである。
刑事訴訟法第1条に示されているように、捜査において、実体的真実の解明の要請と適正手続の確保の要請はいずれも重要であるが、両要請の均衡点は、究極的には、国民の倫理・正義意識によって決まっていくものであろう。
平成の30年間を振り返ると、国民の倫理・正義意識の変化は極めて大きかったように思われる。国民は、企業関係者に対して、法令遵守(コンプライアンス)の徹底などを厳しく求めるようになり、行政関係者に対しても、行政の判断過程に関する説明責任の履行などを強く要求するようになった。
これと並行して、犯罪捜査分野においても、捜査関係者に対して、犯罪被害者への配慮とともに、コンプライアンスの徹底あるいは説明責任の履行を求める国民の意識が強まってきた。その結果として、この30年間のうちに、捜査における実体的真実の解明と適正手続の確保という2つの要請の均衡点が、適正手続をより確保する方向にじわじわと移っていき、今般の刑事司法改革の動きの中で、それが固まり制度化されるに至ったように思われる。
改革の直接の引き金は、検察や捜査機関における問題事象であったかもしれないが、同改革が果断に遂行された背景に、この30年間の国民の倫理・正義感情における「地殻変動」があったことを見過ごしてはならない。
これからの新しい時代に活躍する捜査官・検察官は、自分らを取り巻く捜査環境に関し、国民の倫理・正義意識のレベルで、上記の「地殻変動」が生じている事実をしっかり見据え、真相解明と適正手続のいずれの要請にも万全に対処できるプロになることを目指し、日々の研鑽を重ねてほしい。
また、新たな時代においても、捜査官・検察官は、捜査の実務において、事案の真相を解明しようという気概と熱意を持って事件に向かい合うことが必要と思われる。とりわけ適切な取調べによって真相を明らかにできる実力を身に付けることは変わらず重要であると確信する。
本書については、捜査官・検察官の上記の研鑚に役立つものになるように工夫したが、特に、真相解明に向けての気概と熱意を持つ捜査官・検察官に向け、取調べの適正の確保に十分に配慮しつつ真相を引き出すための取調べの在り方や、獲得した供述の信憑性確保の在り方などについても可能な限り丁寧に解説した。
「捜査手続に関する、実例に即し、実務に役立つコンパクトな解説を提供する」という狙いを実現するため、①刑事司法改革に伴って導入・拡充された様々な制度(取調べの録音・録画制度、合意制度、通信傍受の合理化等)について、捜査官の関心事項に即しながら丁寧な解説を行い、②捜査官がコンピューター・データを証拠として取得するための手続(リモートアクセスなど)について一層分かりやすい解説を行ったほか、「本書(第4版)の特徴」に記したように、解説内容・解説方法などで様々な工夫をした。
本書は、警察官をはじめとした捜査官・検察官を読者として想定しているが、司法修習生・法科大学院生・大学生などの一般の刑事法の学習者にとっても、本書を通じて、捜査実務の最前線における論点を具体的に知ることができ有益と思われる。また、刑事捜査案件を久し振りに手がける法曹実務家にとっても、本書は、実践的な学び直しに役立つであろう。
第4版の原稿を執筆するに当たっては、学者・実務家による多くの文献を参考にさせていただいた。さらに旧知の警察官・検察官からも貴重な教示をいただいた。これは現場で汗する捜査関係者に真に役立つ解説を提供したいと念願する私にとって得難い羅針盤であった。心から感謝申し上げる。また、毎回のことではあるが、東京法令出版の編集・校正スタッフの方々に大変お世話になった。ここに改めて感謝申し上げたい。
最後になるが、本書のうち意見にわたる部分は、私の個人的な意見であり、私の所属し、又は所属した組織の意見ではないことを申し添える。
平成31年(2019年)2月
幕田 英雄