大規模災害では、限られた資源を最大限に活用して、可能な限り多くの傷病者を救命することが求められます。そのためには、傷病者の重症度・緊急度を速やかに判断して、治療の優先順位を決定し、その優先順位に基づいて、救助、治療、搬送、医療機関の選定を行わなければなりません。
様々な重症度を持つ多数の傷病者が一度に発生するという特殊な状況下においては、厳しい判断を迫られる場合も多く、救助側の限られた能力の中で、救命の可能性のある傷病者を一人でも多く救うには、トリアージに関する正しい知識の習得や技能向上のための訓練は不可欠であると思います。
最近では、JR福知山線列車事故の事後検証番組や秋葉原無差別殺傷事件など、災害現場がテレビで放映され、災害における“トリアージ”という言葉が一般に知られるようになってきました。トリアージ本来の意義よりは負の側面が強調されがちですが、災害現場においては、真っ先に駆けつける救急救命士をはじめとする消防職員の役割は大きく、絶対的な自信を持って活動することが重要です。
我々は、災害がいつ、どこで発生しても、十分対応できるように日頃から訓練を繰り返しています。しかし、百回の訓練よりも、一度の災害現場の経験は貴重であり、その災害現場での貴重な経験を、より多くの災害関係者に伝える必要があります。
そこで、本書では交通事故(多数傷病者)、高速道路事故、列車事故(石北線と羽越本線事故)、竜巻災害(佐呂間町)、地震(阪神・淡路大震災、中越沖地震)、NBCテロ(東京地下鉄サリン事件)等について、災害現場で実際に活躍した医師や救急救命士の方々に執筆していただきました。個々の事例の具体的な活動内容だけでなく、経験した者にしか分からない視点で、多くの問題点や対応策を指摘しており、明日からの実際の救急活動に役立つ内容となっています。また、本書は災害発生時の第一線に立つ消防職員はもちろんのこと、災害関係者すべてに役立つように、分かりやすく書かれており、災害現場活動についての理解を深めることが可能です。
本書が、災害医療に携わる多くの人々の必須の一冊として、活用していただければ幸いです。
平成21年1月
手稲渓仁会病院救急部部長・救命救急センター長
高橋 功