海洋レジャー人口の増加、河川や湖沼への観光客の進出に伴い、毎年、全国各地で数多くの水難事故が発生している。これに加え、車の転落事故や入水など、多種多様な水難現場の出動要請が警察や消防に寄せられる。そのような現場で被災者が水没して行方不明となった場合、最も期待され、多大な成果を上げているのが、潜水による捜索・収容(回収)作業である。
潜水は水中で高圧といった特殊な環境の下で行われるため、陸上の作業に比べて極めて困難かつ危険を伴う作業であることも忘れてはならない。
たとえば、水中では、わずか数十秒間でさえ空気の供給が断たれた場合は、窒息(溺死)するおそれがある。そればかりか、何らかのトラブルで、「思いどおりに呼吸ができない」、「つかまる場所や休息する場所がない」、「背が立たない」などといった状況に陥ると、たちまちパニック状態となり、それが原因で重大事故を引き起こす可能性がある。
このようなことは、潜水を行う際に絶えず付きまとう危険であるといえる。さらに、水難事案の発生する現場の多くは、環境条件(濁り、流れ、低水温等)が極めて悪いことがいわば当たり前のことであるため、スクーバ隊員たちは絶えず二次災害の危険にさらされながら潜水活動を行っているわけであるが、それさえ理解されないことが多い。
また、過去に何名かのスクーバ隊員が訓練中や捜索中に殉職するといった痛ましい事故が発生していることも見逃せない。その多くは、「溺死」によるものであるが、これは、いかに頑強で卓越した身体能力を有するスクーバ隊員であっても、水中ではわずか数分でも呼吸が途絶えたならば死に直結するということを如実に表しているといえる。このことからも、潜水活動の危険性が再認識されるべきである。
もし、過去に発生したトラブルの状況や、その原因究明に関する情報が全国のスクーバ隊員の間で共有できていれば、現場での潜水活動や訓練時に発生することが予測される事故を未然に防止できるに違いない。
そこで、本書の第6章には、各機関で発生した「ヒヤリ・ハット集」を掲載し、注意の喚起を促すようにした。これらの情報は、著者の「各機関で発生した潜水中のトラブルは、その後も他の機関で発生する可能性があるので、その情報は多くの隊員たちで共有すべきである」という声掛けに賛同していただいた方々から寄せられた貴重な資料や、自身の体験に基づくものである。当該資料が水難救助活動に関わる隊員はもとより、現場で指揮官となるべき人やその関係者たちに周知され、今後の事故防止の一助として活用されることを願う次第である。
本書の作成にあたっては、機動隊や消防のスクーバ隊の方々から多くの資料やご意見を提供していただいた。この場をお借りし、改めてお礼を申し上げる次第である。
平成28年6月
竹内 久美