NBC災害は、地下鉄サリン事件のような大きな規模のものばかりではなく、身近な厨房機器・暖房機器などの不完全燃焼などを原因とした一酸化炭素中毒や異臭騒ぎといったように、実は頻繁に発生しています。 しかし、発生時にはNBC災害であることがはっきりしていないことが多く、ポンプ隊や救急隊が災害対応に当たることから、二次被害を防ぐためには、正しい知識を得ることが必要です。本書はその正しい知識を得るために打ってつけの入門書です。文体も先生と生徒の会話調で読みやすく、理解しやすくなっています。
NBC災害が、日本国内で現実のものとして世の中にショックを与えたものは、「松本サリン事件」と「地下鉄サリン事件」という化学兵器を用いた無差別テロでした。その後、核燃料製造工場で中性子線による放射線事故が発生したことを契機に、私の勤務先であった消防本部では有害化学物質や放射線事故、病原体を用いた生物剤テロに対応する部隊が創設されました。
この時から、火災、交通事故、地震災害、自然災害とは異なり、「目に見えない脅威が人体に害を与える性質を持つ災害」をNBC災害とかCBRNE災害と呼ぶようになりました。
自治体では災害対策基本法に基づく地域防災計画に、NBC災害編を追加するようになりましたが、近隣諸国との摩擦が大きくなっている昨今は国が事態対処法や国民保護法を制定して、主に外部からの武力攻撃を想定した対策が制度化されています。
さらに、東日本大地震による大津波が原子力発電所に大きなダメージを与えたことで、放射性物質による汚染被害と風評被害がN災害の脅威を現実のものとしました。
NBC災害対応を消防の業務として考える場合、「部隊の隊員を有害な脅威から保護すること」と「被災者を迅速に救助して有害な脅威によるダメージを軽減すること」が主な目的となります。
消防職員がNBC災害対応の学習や訓練をしようとするときには「専門知識」という大きな「壁」が立ちはだかります。N災害では、放射線被ばく防護や放射性物質汚染防護に関する知識、放射線量測定や汚染検査のための測定器の使用技術が必要となり、C災害では、被災者の情報から原因物質を予測する力や、有害な化学物質が人体に与える影響に関する知識、それらを分析・同定する測定器類の使用技術に関する知識が必要です。
さらに、NBC災害を前述のテロ攻撃とつなげて考えると、通常の消防業務では「ほとんど起きない」「ほとんど経験できない」災害ですから、NBC災害現場で適切な判断ができる指揮者が育ちにくい実態があります。
私は、平成24年から約3年半、「実は身近なNBC災害」という記事を消防雑誌に連載しました。これは消防職員の皆様がNBC災害の「壁」をスルリと乗り越えられるようにと意図した記事でした。その連載の中で強調したのは、NBC災害は「ごく身近で起きている災害」であり、大規模テロ災害ばかりがNBC災害ではないことでした。
家庭内で使われている化学薬品を考えても、「まぜるな危険」と表記された塩素系の漂白・除菌液は、使い方を誤ると人の呼吸器官にダメージを与えますが、日用品として薬局緒言や量販店で販売されています。換気の悪い厨房で長時間火気を使い続けると、一酸化炭素や二酸化炭素の濃度が致死量に達し、中毒事故を起こします。換気ファンを回さずにビルの汚水層の点検・清掃作業を行うと、汚水槽内に溜まった硫化水素ガスによる中毒事故を起こします。プールの水を殺菌する次亜塩素酸ナトリウムに、汚れを凝集する液体を投入すると、大量の塩素ガスが発生しますので、塩素中毒事故が発生します。
C災害を「日常生活空間で起きる事故」として捉えることで、事故発生原因となった物質の性質や対処方法を学ぶことができます。その過程は、「ナンダ!簡単ジャン」というほど単純です。
本書は、NBC災害現場に出場する指揮者が、災害の実態をどのように予測して現場に向かい、災害活動の終息までに判断すべきことが簡単に分かるようにすることを目的としたものです。内容は、市民からの119番通報が入電してから活動終了で最終部隊が現場を引き揚げるまでの活動の時系列に沿って会話形式で書きました。特に国や各消防本部が示すNBC災害に関する活動基準を紐(ひも)解く際に、「知識の壁」を軽々と越えるための読み物ですので、通勤の行き帰りに電車やバスの中、あるいはトイレや風呂の中ででも気軽にお読みになっていただければと思います。
平成29年7月
三好陸奥守