後期研修医だった頃のある休日、出掛けようとした駅で駅員が「救急車呼んで!」と慌てていた。聞くと、ホームで転倒し出血した高齢女性がいるとのこと。駆け付けると、ホームで仰臥位、後頭部には直径20cm程度の血だまり。JPTECの初期対応に従い、まずは頸椎保護すると、両手が塞がった!どうしよう。評価できるのは自分しかいない。幸い会話可能だったので、会話と視診でABCDの評価をし、他部位の疼痛や抗血小板薬などの内服を尋ねた。特に問題はなかったが、頭蓋内出血の可能性が高いと考え、救急隊の到着が本当に待ち遠しかった。 救急隊到着後、3人でテキパキと情報を集め、担架を階段で運ぶ後ろ姿が頼もしかった。この傷病者はその日のうちに頭部外傷の縫合をして帰宅となった。この出来事で、プレホスピタルは情報の少ない中で判断しなければならないという、院内とは違った厳しさがあるのだと痛感し、職種での職務内容の違いを感じた。
私はこれまでに救命を第一の目的として、重症度・緊急度の高い疾患をまず念頭に置き、患者から大切な情報(レッドフラッグ)を迅速に集め、鑑別疾患を想起する「エマージェンシー臨床推論」を独自に開発し、医師版(エマージェンシー臨床推論、2019年、日経BP)と、産科版(産科エマージェンシー臨床推論、2020年、メディカ出版)を書籍化した。今回、2020年10月から雑誌プレホスピ タル・ケア(東京法令出版)で連載している「救急隊版エマージェンシー臨床推論」をパワーアップして書籍化した。救急隊版で大切なのは、現場到着までにキーワードから病態を考え、資器材を決定、現場観察のポイントを想起し、現場到着後に傷病者の観察評価と選定先を判断することである。一方医師は、適切な病院 連絡により、患者到着前に鑑別をし、必要な検査や処置の準備をすることができる。数多くの資格の中で、唯一「救命」が付いている「救急救命士」が、その名のとおり、救急隊の現場活動において、救命の連鎖を担っているのである。
これまで出会った多くの救急隊の皆様から寄せられたご意見のおかげで、本書ができた。本書に収載した音源は、全て各地の救急救命士の皆様による再現録音である。お忙しい中、ご協力いただいた皆様にこの場をお借りして、深く感謝申し上げたい。
COVID-19が猛威を振るう中、救急の最前線で働く全国の救急隊の皆様に敬意を表すとともに、本書が現場活動に役立つことを願っている。
最後に、救急隊版の執筆にあたり、大きなヒントをいただいた山畑佳篤先生、佐藤朝之先生、そして雑誌プレホスピタル・ケア掲載の貴重な機会をいただきました田邉晴山先生、北小屋裕先生に深く感謝申し上げます。
「一分一秒」何度も私に言い聞かせてくれた。父に、本書を捧げます。
2022年2月14日
望月礼子