本書の初版を刊行してから約13年,2版を刊行してからでも約10年が経過した。その間の犯罪検挙率の推移を見てみると,戦後最低を記録した平成13年(刑法犯総数で38.8パーセント,刑法犯から自動車運転過失致死傷等を除いた一般刑法犯で19.8パーセント)を最後に,翌14年からは上昇に転じ,同18年からはほぼ横ばいで推移し,同25年は,刑法犯総数で52.0パーセント(前年比0.6ポイント低下),一般刑法犯で30.0パーセント(同1.2ポイント低下)にまで回復している(平成26年版犯罪白書)。それにもかかわらず,国民の権利意識は,高揚の一途を辿っており,これに伴い,捜査機関の捜査の在り方及び捜査処理の結果に注がれる国民の目は,一段と厳しさを増している。
その大きな要因の一つとして,今日の犯罪現象の組織化,巧妙化,悪質化に対応する捜査機関が,その組織面において,人的にも物的にも限られているだけでなく,捜査官が世代交代の途上にあることが挙げられる。それにもかかわらず,今日においては,特に,捜査機関が国民の負託に応えるためにはいかに在るべきかが一段と厳しく問われている現状にあるといえる。
告訴・告発事件は,捜査機関が国民と直接接する機会が最も多いものの一つであるが,告訴・告発を,本来の刑事処分目的ではなく,民商事の紛争を有利に解決する目的に利用しようという傾向があることを依然として否定することができない反面,特に告訴・告発が訴訟条件となっている場合などには,被害者がその保護を捜査機関に委ねるほかないという場合も数多く認められ,したがって,この種事件における捜査の在り方や捜査処理の結果等を含めた捜査機関の対応が国民の捜査機関に対する信頼の程度を大きく左右すると言っても過言ではない。
このような観点から,本書の初版及び2版は,日々生起する犯罪の対応に多忙を極めている捜査官,特に警察官の日常の執務の用に供するため,告訴・告発事件の捜査処理の現状とその問題点を踏まえた上,告訴・告発事件の捜査の在り方を中心に,告訴・告発の刑事訴訟法上の問題点とその対策について,実務上の視点を加味した検討を試みたものであった。その後,平成16年5月に,一般国民から選ばれる裁判員が一定の重大な刑事事件の審判に直接関与する,いわゆる「裁判員法」が成立(平成21年5月21日から施行)したこと等を契機として,国民に分かりやすく,かつ国民から信頼されるに値する捜査の在り方や捜査処理の結果等が益々注目されるに及び,平成20年1月には,「警察捜査における取調べ適正化基準」(警察庁)が取りまとめられ,さらに,検察庁においては平成18年8月から,警察(警視庁等)においては平成20年9月から,それぞれ「被疑者取調べの一部録音・録画」が実施されるなど,国民の負託に応えるための制度改革も進行しており,さらに,関係する各種の法改正も行われている。
そこで,今回の第3版では,本書の初版及び2版の基本構造と特徴をそのまま維持しつつ,日々の犯罪捜査に多忙な捜査官が本書をより利用しやすくするため,第1編及び第2編の統計上の数値を可及的最新のものに改めたほか,上記各制度改革と各種の法改正の内容を実務に即して簡潔に解説した上,近時の判例を追加し,第3編では,従来の【論点】を細分化するとともに,新たな【論点】を追加し,さらに,実務に即して,「告訴状」の記載例を多数追加するなど,全体的にリニューアルして,記載内容がアップ・ツー・デートなものとなるよう心掛けた。
本第3版は,執務の合間に執筆したものであり,その結果として脱稿までに長期間を要することとなったにもかかわらず,必ずしも意に満たない点があるが,その点は読者諸兄のご叱責を賜り,機会があれば,補正したいと考えている。
本第3版が,初版及び2版に引き続き,幾分かでも捜査官各位の日頃の執務の参考となれば,望外の喜びである。
最後に,本第3版の校正,索引等の作成にご尽力いただいた東京法令出版株式会社の皆様に深甚の謝意を表したい。
平成27年12月
小川賢一