職務質問等の過程で、覚せい剤使用の嫌疑が濃厚であるにもかかわらず、その対象者が、任意による採尿に応じない場合において、強制採尿を前提としてなされる「留置き」の考え方について、最近、東京高裁が初めて純粋に任意捜査段階と強制手続への移行段階とに二分して判断するという新たな判断枠組みを判示した。
そこで、本書は、この二分説(論)が捜査手続上、極めて明快な判断基準たり得るとの理解の下、実務的視点から、「純粋に任意捜査として行われている段階」にあっては、説得の時間的な関係を考慮しつつ、その説得を断念し、強制採尿令状請求に移行するための考慮要素を、次に、強制採尿令状の発付・執行に向けて行われた「強制手続への移行段階」にあっては、強制採尿令状請求準備から当該令状の発付・執行までに要する時間内に留め置いた被疑者が退去行動に出た場合に、その退去阻止のためになされる有形力行使の許容性とその限界を、それぞれ関連する最高裁判例及び裁判例を中心に分析・検討したものである。
本書は、筆者が専修大学大学院法学研究科修士課程において、刑事訴訟法を専攻し、「違法収集証拠排除法則」を研究テーマとする中で、平成27年3月に「専修法研論集」第56号に「強制採尿を前提としてなされる「留置き」の適否をめぐる問題」について発表した 「学術論文」 を、 新たに捜査実務 (現場) 向けに 「実務書」 として構成し直したものである。
現下の覚せい剤情勢をみると、依然として、検挙人員が1万人を超え、このうち暴力団構成員等の検挙人員が過半数を占めているなど、社会に浸透した厳しい現状が浮かび上がっており、引き続き当面の重要課題である。そこで、鋭意、覚せい剤捜査を推進するに当たり、今後の覚せい剤使用事犯の捜査実務(現場)において、いかなる対応をすることが捜査手続上、最も相応しいといえるかにつき、一つの判断指標を示した本書が、その拠りどころとなるならば、幸甚に思うところである。
なお、本学の「専修法研論集」の本「学術論文」に注目され、熱心に「実務書」としての発刊をお勧めいただいた『捜査研究』編集室の皆様、迅速に校正作業を進めてくださったスタッフの皆様に厚くお礼申し上げます。
平成27年8月
細谷 芳明