21の重要判例から、通常逮捕・緊急逮捕を読み解く
シリーズ第7弾発刊
本書「判例から学ぶ捜査手続の実務Ⅴ(通常逮捕・緊急逮捕)」の企画方針は、広く地域警察官をはじめ、犯罪捜査に携わっている捜査員等(交通事故等捜査担当者や特別法違反等捜査担当者を含む。また、海上保安官や麻薬取締官等の特別司法警察職員の方々)、さらには、大学において刑事訴訟法履修のゼミ学生、可能であるならば法曹実務家・研究者をも含めた需要に対応できるもの、というご要望でありました。
表題に「判例から学ぶ」を冠しているため、事案の概要とともに、「判決」や「決定」原文について、労をいとわず忠実に紹介し、濃淡をつけつつ解説・評価するとともに、捜査実務に対するアドバイスも随時、加筆することにしました。
「人体にたとえると、判決が示す抽象命題は、いわば『骨格』である。骨格に血肉(「色」または「生命」といってもよい)を与えるのは、当該判決が基礎とする具体的な事実に他ならない。事実を丁寧にみることの重要性は、実務家要請のための法科大学院教育の発足以来、一貫して強調されている」(石田剛ほか『民法Ⅱ物権』初版はしがき・有斐閣)」との指摘は、とりわけ、捜査現場において「生の事実」を踏まえて、擬律判断する捜査活動にも、同様に通底するものであります。
そこで、通常逮捕・緊急逮捕に関する多くの判例・裁判例(以下、含めて「判例」という。)について、たとえ昭和20年代や30年代の判例であっても広く渉猟することとしました(ここで確認されたことは、例えば、通常逮捕状の緊急執行に係る一連の判例は、この年代において、既にその解釈が確立して以来、実務上の指針となっているという事実であった。)。
さらに、本書において、「緊急逮捕の本質(性格)」にも、言及することとしました。
通常逮捕における緊急執行の場合と異なり、緊急逮捕状の発付後に被疑者に対する当該令状の呈示義務規定、あるいは準用規定も設けられていないが、どのような理由で設けられなかったのか、当該令状発付後の呈示義務規定の欠缺(被疑者が捜査員から特定の罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があり急速を要し、裁判官の令状を求めることができない旨告げられ逮捕されたが、当該令状の呈示義務規定がないため、被疑者にとって逮捕状の存在は不知となる。)は、緊急逮捕の本質(性格)の理解に直接連なるものではないかとの考えからであります。もっとも、実務上、呈示義務規定が存しなくとも当該令状発付後は、速やかに被疑者に呈示しています。
仮に、緊急逮捕が、事後とはいえ逮捕に接着した時期において逮捕状が発せられる限り、逮捕手続としては全体として逮捕状(令状)によるものと評価できるとの理解に立てば、通常逮捕における緊急執行との均衡上、当然、呈示義務規定が設けられてしかるべきではないかといえるからです。
そこで、緊急逮捕は憲法33条の趣旨に反するものではない、とした昭和30年最高裁大法廷判決を踏まえ、この点に関する文献(学説)等に接することができないため、思索しました。
本書は、主に犯罪捜査に携わっている多くの方々が手軽にご利用いただけるよう、分量を押さえつつも、必要な情報量に充分配慮しつつ、編んだものです。
今後の研究に資するため、本書についてのご意見をお寄せいただければ、幸甚に思います。
本書の執筆に際して、専修大学大学院法学研究科(刑事訴訟法専攻)での指導教授である滝沢誠先生(現・中央大学法科大学院教授)には、引き続き判例研究会を通じてご指導を賜り、その学恩に深く感謝申し上げます。
そして、駒澤大学法科大学院に在学中にもかかわらず、本書の執筆に当たり、特段のご配慮(後期休学)をいただきました、私の担任である松本英俊先生(刑事訴訟法担当教授)、法曹養成研究科長の青野博之先生(民法担当教授)には、ここに改めて深く御礼を申し上げます。
令和5年4月
細谷 芳明