廃校は地域の宝もの
廃校活用の現地ヒアリングで、愛知県のある山間の村でこんな話を聞いた。
「ここの集落に現在子供の数はゼロ、全く居ないのです。だから夏休みのキャンプなどで子供たちの声が響くことは住民にとって大きな喜びとなっています。地域としては学校の活用は大歓迎ですよ」。
廃校となった小学校を、都市部の子供たちの自然体験学習の施設として運営している、女性管理人の言葉である。「廃校は地域の宝ものです」。そうしみじみ語るなかに、廃校舎をふるさとの元気のために大切に活かしたいとする過疎地の願いを、強烈に思い知らされたものである。
本著の基本的視点
いま我が国では、少子高齢化のなかで地域の風景も人々のライフスタイルも大きく変わろうとしている。その一場面が学校の消滅の事態である。しかしその空き校舎を、地域にとっての虎の子として活用しない手はない。そう考える私たちが、この本をまとめるに当たってとった基本的視点は以下のとおりである。
少子化の進行は、我が国の社会を様々な形で変容させようとしている。公立校の廃校数は、平成14〜25年度までの12年間で5,801校もの大量の発生を見ている。しかもその5,801校のうち、既に取り壊された701校を除く5,100校は、「活用されているもの」が3,587校(7割)の一方、「活用されていないもの」が1,513校(3割)にも及ぶ。
学校は歴史的にも地域の結集軸であり、統廃合は地域の元気を奪うものではないかとの声もある。それだけに学校再編を進めている自治体にとって統廃合による空き校舎等の活用策は、喫緊の課題となっている。
にもかかわらず、廃校活用は十分には行われていない。住民合意の困難さや建築基準法など既存の制度のしばり、あるいは財政的な制約が存在するからである。しかし他方で、「生活者の視点」に立って、したたかに廃校活用を図ろうとしている動きは各地にある。言い換えれば、風土や個性に見合った活性化策を、チエと工夫で展開していこうとする地域が少なくないのである。
本著は、そうした取組み例を整理してきたものであり、それだけに人口減少問題や廃校問題を抱える多くの自治体や住民に、ビビッドで有用な情報を提供できるものと考えている。「廃校は地域の宝ものです」。山間の村で聞いたこの言葉が、全国の各地の取組みに浸透していくことがあればうれしいと思う。
本著の構成
本著は全国各地の先行事例を紹介し、それらを素材として、以下の5章で構成してみた。
1章では、廃校活用の前段である学校の再編統廃合について、その課題、手順、推進のノウハウをここ一両年前に取り組まれた、ある海沿いの自治体(愛知県田原市)を例に提示してみた。特にきれいごとでなく、時に対立し、時に協働する行政と地域の生のやりとりを追ってみた。
2章では、津々浦々に広がっている我が国の廃校の、その現状と活用状況を概括した。あわせて文部科学省情報など、全国の廃校活用策の情報の所在とアクセス手段について提示した。
3章では、全国の先行事例を基に、廃校活用の課題と方向性を示してみた。例えば農村部では愛知県の東栄町(のき山学校)や新城市(つげの活性化ヴィレッジ)、栃木県塩谷町(星ふる学校くまの木)、新潟県佐渡市(学校蔵)、徳島県上勝町(山の楽校・自然の宿あさひ)などを事例として採録した。都市部では豊島区(みらい館大明)、台東区(台東デザイナーズビレッジ)、京都市(学校歴史博物館、京都芸術センター)などを取り上げた。具体的な事例が最も有用に説得力を持つと考えたからである。
4章では、これら全国の調査結果を参考に、1章の愛知県田原市の小中学校をケーススタディとして、廃校活用の具体策を検討してみた。その海沿いの自治体での検討案は、当該自治体のみならず、全国各地の廃校活用による地域活性化策の議論の素材となると期待する。
そして5章では、廃校活用等で地域の活性化を図る上での、右肩上がりの発想に拘泥する行政や地域の姿勢への問題を提起した。少子高齢化が不可避的な地域の中にあって、拡大幻想を持たず、身の丈に合った施策を選別する時代に入ったことを確認したいと思ったからである。
今後本著が、廃校活用策に悩む全国への実践的で良質な情報となっていくことを願ってやまない。
平成28年夏草繁る8月に
編著 嶋津隆文