わが国において、平成3(1991)年の救急救命士法の制定により、救急救命士は心又は呼吸機能停止の傷病者に主に特定行為(器具を用いた気道確保、電気的除細動、薬剤投与)を行う病院前における医療従事者として活躍しはじめた。
救急救命士の導入効果として院外心肺停止の蘇生率は、平成3(1991)年の制度開始時には2.9%であったのに対し、平成23(2011)年の院外心停止全体の1か月後生存率は8.3%にまで大きく改善した。これは当然救急救命士の観察や判断の結果行われた処置の総和であるが、目撃ありの心原性心停止に対象を絞ると、バイスタンダーCPRの実施率やAEDの使用などの1次救命処置(BLS)の実施が高まったこと、救急救命士の行う気管挿管や静脈路確保、薬剤投与などの2次救命処置(ALS)の実施数が確実に増えてきていることから改善しつつある。
昨今、救急救命士不要論と結びつけるようなウツタイン統計の分析結果が出ているが、それは早計である。心停止となってしまった傷病者への処置よりも、心停止に陥らないような観察判断や救命処置を救急救命士が行うことによって、心停止の予防と予後の改善が図れるからである。このように平成26(2014)年4月からは、心停止となる前の傷病者に対して、救急救命士が新たに2剤の薬剤を投与することが認められた。これまでのものと合わせ計4剤が救急救命士に許された薬剤となる。
本稿では、これまでの救急救命士の処置の変遷、薬剤投与を行うようになった背景や今回拡大された処置の適応や理由、合併症などを詳細に記載した。
本書を新たに手にする諸氏が、正しく救急救命士による薬剤投与の理由とその効果を理解し、一人でも多くの命を救うことを願うものである。
平成27年1月吉日
国士舘大学大学院救急救命システム研究科教授 田中秀治