監修のことば
周知のように、2001年6月、司法制度改革審議会は、法曹の量の拡大と質の向上等を求める意見書を内閣に提出し、2001年11月、司法制度改革推進法が成立して、今後3年以内にこの意見書に基づく司法改革がすすめられることになった。この改革では、我が国の法曹が少数の法廷中心の実務家にとどまってきたことが問題とされ、これからの法曹は社会の隅々にまで進出し「社会生活上の医師」となるべきだとされた。そしてそのような新しい法曹像にかなう人材を育成するため、2004年にプロフェッショナル・スクールとして法科大学院制度を創設することになった。この法科大学院では、多様バックグラウンドをもった学生に、実務を強く意識した理論教育やローヤリングなど実務基礎教育を集中的に行って、より実務能力が高くまた専門性を備えた新たな法曹を育成することになっている。つまり、社会は日本の法曹に対して、特に法廷外における実務能力や専門性の向上を強く求めているのである。
本『事例中心 弁護実務シリーズ』は、このような法曹に対する新たな期待に応えるべく、弁護士として心得ておくべき実務上のノウ・ハウを、多種多様な事例に則して展開したものである。
このシリーズの特色は、第一に、第1巻刑事篇において、実際に無罪判決のなされた事例について、無罪判決に至るまでの弁護活動の展開をその弁護人に執筆していただいたことである。「絶望的」とまで評されている我が国の刑事訴訟のプラクティスの下で、いかなる弁護活動が無罪判決につながったのか、全国の弁護士たちの実に貴重な経験の報告と分析は、刑事弁護技術の精髄の集大成であるとともに、弁護士の使命の実現のために捧げられた弁護士魂の記録ともなっている。
第二の特色は、代行取得・電子商取引・ワラント購入等の今日性のある事案や、交通事故・医療過誤・倒産処理など一層の専門化が望まれている分野の事案の法廷内外における処理について、具体例を挙げてそのリーガルリスクを分析し、解決手段を選択し、妥当な処理をしていくローヤリングの技法が、順を追って具体的・体系的に解説されていることである。これは、まさにこれからの弁護士のプラクティスが発展していくべき方向であり、弁護士経験が浅い新人層のみならず、ベテランの弁護士にとっても、法廷中心の弁護実務から法廷外の事案の処理へとその活動範囲を拡大していく際の、貴重な手掛かりとなるであろうし、またこれらの分野の事件を実際に処理する際のきわめて有用な参考資料となるであろう。
第三の特色は、会社分割・ベンチャー企業によるファイナンス・ビジネスモデル特許・渉外など最先端の法実務について、そのプラクティスを行っている弁護士から、具体例に則したノウ・ハウが開陳されていることである。もとよりこれは最先端領域のほんの一角に触れているものにすぎないが、具体例に基づく解説は、概説書と異なり、より実践的な形で問題の所在を理解することを可能にし、先端領域への入門の格好の道案内となろう。
また、法科大学院においては基礎法の授業も、判例や具体的で複雑な設例について教師と学生が議論をしながら進められることになるが、本シリーズは、そのような新しい法曹教育が目指す、具体的な事例の分析から実務的・実践的に法を理解するという方法を先取りするものでもあり、新たな法曹像への展開を志す弁護士の実務技能の教材ともなり得るであろう。
本シリーズが、多くの法律実務家の実務の迅速的確な処理を援助し、その実務技能を向上させるものとなることを期待して止まない。終わりに、多忙のなかを優れた論稿を寄せていただいた執筆者各位に深甚な謝意を表するとともに、本シリーズの刊行に協力をいただいた東京法令出版の各位に厚く御礼を申し上げる次第である。 |