鷹の眼と蟻の眼―鑑識の世界に伝わる言葉である。
現場を大きく見渡して事件の全容をつかむ。なぜあの被害者に、あるいは家に犯人が狙いを定めたのか。どこから侵入してどこに去ったのか。前足と後ろ足である。動機は何だろう。現場にカンがあるのか。街全体を頭に描きながら、なぜ、そしてどのようにホシ(犯人)が犯行に及んだのかを推理する。鷹の眼である。
そのうえで、現場周辺を徹底的に観察する。鑑識ならば床に這いつくばり、蟻の眼で髪の毛一本見落とさない。刑事なら現場百遍。行き詰まったときには現場に戻る。一軒一軒丹念に聞き込みを続ける「地取り」は捜査の基本である。手抜きをすれば、もはやプロではない。刑事と名乗れなくなる。
何千人もの泥棒の手口を記憶する手口捜査官、モサと呼ばれる凄腕スリとの真剣勝負に賭ける刑事、雑踏から手配犯をあぶりだす見当たり捜査官……。本書に登場する刑事たちは師匠の技を盗み、厳しい現場で長年鍛え上げられ、ようやく「自分は刑事だ」と胸を張れるようになったのだという。スリ刑事は「現場を捨てたら眼が死ぬ」と話した。
それはまさに職人の世界である。
彼らは「眼」がすべてだと口をそろえる。現場に残されたわずかな特癖を見逃さない。かすかに視線が落ちる「スリ眼」を拾う。何時間にも及ぶ尾行では、ホシの心を読んで、だまし、だまされあいの心理戦を繰り広げる。
自らの眼を信じて、ひたすらホシを追い続ける伝説の刑事たち。愚直なまでの彼らの生き方は、低迷する日本社会に「本物のプロとは何か」と問いかけている。
平成22年4月
三沢 明彦