捜査官は何のために自らを犠牲にしているのか

近時は,働き方改革という美名の下に,働かないことが美徳とされるようになってきている。しかしながら,そのような方針に従って働かないで生活を送れる人は,実はそれほど多くはないであろう。大企業のサラリーマンのような恵まれた人たちが更に恵まれた人生を送るだけのように思われる。

一方,捜査に携わる者らに自由な人生が与えられるのか。刑訴法は,逮捕時間は48時間とし,勾留期間は長くても20日である。この間に,土日や祝日が入ろうとも,その分を延ばしてはくれない。いきおい捜査に携わる者らの自己犠牲により,土日等も出勤して捜査をやり遂げることになる。子供の運動会も授業参観も行けない。たまに子供らより先に家を出ると,「お父さん,また来てね。」と言われる。およそ働き方改革とは無縁の人生である。

しかし,そのような犠牲を払ってでも,既に被害に遭った人たちの無念な思いをはらすため,また,まだ被害には遭っていない多くの人たちを新たな被害から未然に救うために,誰かが犠牲にならないといけないのである。

本当に悪い奴ほど隠蔽・隠滅工作をうまくやっている。それを打ち破るだけの捜査を実施しないと,結局は,悪い奴ほどよく眠るという社会になってしまう。それを防ぐことができるのは,警察や検察の捜査の一線で身体を張って闘っている者たちだけである。

ただ,その闘いのためには,捜査官も理論武装をする必要がある。闘う相手は,悪い奴らだけでなく,その弁護人もいる上,最終的には,裁判官を説得できる捜査でなければ失敗に終わることになる。そのためには,刑事法の原理,原則等をよく理解した上,最新の情報や理論にも習熟しておく必要がある。本職が捜査研究等に愚稿を載せるのも,少しでも捜査現場の一助になればとの思いからである。浅学非才の身でありながら偉そうなことを言っていると内心忸怩たる思いはあるものの,やはり現場の捜査がうまくいったという達成感を味わって,美味しいビールを飲んでいただきたいとの思いからである。

城 祐一郎

著者略歴
1983年東京地検検事任官。以降、大阪地検特捜部副部長、交通部長、公安部長、法務総合研究所研究部長、大阪地検堺支部長等を歴任し、最高検刑事部、公安部の検事を務め、2017年に退官。現在は、昭和大学医学部教授、警察大学校専門講師、慶應義塾大学法科大学院非常勤講師、星薬科大学非常勤講師を務める。

著書・連載
ケーススタディ 危険運転致死傷罪 表紙 捜査研究 表紙 (捜査研究 「誌上講義」連載中)