元教官からのアドバイス
「特別編② 試験直前期の勉強方法」

21世紀幹部昇任試験研究会 特別寄稿

試験勉強というものは、実力を付けることも大変であるが、「身に付けた実力を、本番で遺憾なく発揮する」こともそれに劣らず大変なことである。今年はコロナ禍により試験日程が大幅に変更されていると聞き及んでいるが、来年度も、オリンピックによる日程変更も予想されるところである。

そこで今回は、いかに試験本番に自分のピークを持っていくか、という観点から、かつて『月刊警察』に掲載された拙稿を再編集してお届けしたい。

本稿のエッセンスは、どのような試験にも有用であるため、ぜひ、各自でアレンジして取り入れていただければ幸いである。



試験1〜2週間前の対応

いよいよ試験直前になると,計画的に準備をしている人と,していない人とでは,気持ちの面で大きく差が出てくるものである。

準備のできている人が,この時期で行うことは,今まで昇任試験勉強をしてきたことを整理して,的を絞って記憶していくことである。また,正しく記憶しているかどうかを,確認していくことに時間を充てることである。

『〈勝負脳〉の鍛え方』で有名な林成之先生(北京オリンピックで北島康介選手を精神的に指導して優勝させたことで有名である)によると,記憶機能をつかさどる海馬は「短期記憶中枢」であるので,人間の記憶は忘れやすくできている。海馬は,思考する機能も持っており,記憶力だけでなく,脳のパフォーマンス全体に深くかかわる部分でもある。この海馬のすぐ近くに,海馬をリードする役割をもっている扁桃核がある。扁桃核は危機感や悔しさを感じる機能をもつ部位であるため,危機感や悔しいという思いが海馬を本気に働かせ,人間の脳のポテンシャルを引き上げるトリガーになっている。

脳では,情報に感情のレッテルがはられ,前頭前野で理解し,自己報酬神経群を介して海馬・リンビックを包含する「ダイナミック・センターコア」において思考し,記憶が生まれるものである。この自己報酬神経群によって,「自分にとってうれしい」と判断された情報は,思考する過程に入る段階で強くインプットされる。このことから,「おもしろくない」「嫌いだ」「役に立たない」と思っていると,記憶が難しくなることが分かっている。

たとえば,資格試験などの勉強をしていて「こんな知識が実際に役に立つのだろうか」「細かい知識は,試験が終わったら忘れてもいいだろう。必要な時に調べれば足りるのだ」などと思ってしまうことがないようにしなければならない。資格試験に出るということは,本来ならば「実際に現場で必要な知識を持っているかどうか」が問われているはずであるからである。「試験をパスする」ではなく「その資格を使って,よりよい仕事をするのだ」という目的に立ち返れば,おのずと「自分にとって必要であり,役に立つから覚える」というスタンスが生まれてくるものである。

この自己報酬神経群を働かせるためには,主体性が重要である。記憶力を高めるためには,「人に言われたから」ではなく,「自分から」覚えようとすることである,と林先生は述べている。

したがって,昇任試験で合格するのに必要なのは,この試験問題に挑戦している自分が楽しいのだと思うことである。合格後に必要とする知識を記憶しているのだと思うことによって,記憶力が高まり,暗記が長く続き記憶にとどめることができると先生は言っているのである。

ぜひ,この勝負脳のことを意識して,最後の1週間の試験勉強に取り組むことにより,記憶力を高め,その効果を試験場で発揮していただきたいのである。



自己年齢を考慮した対策をとる

試験を受ける時の自分の年齢を考えることが必要であると,当グループの多くの事例・経験から言い切れる。過去の昇任試験の失敗者の聞き取り調査から分かってきたのであるが,かつて自分が合格してきた方法で試験勉強を続けているのに,なかなか合格できない人が多く見られる。この人たちは,これまでと同じパターンで試験勉強をしてきたのになぜなのかと疑問を持っている人が多い。

具体的には,30代での勉強方法で警部補まで昇任してきた人が,40代になって警部試験に合格できない人が多い傾向にある。なぜ合格しないのかという原因が分かっていない人が多いのである。この人たちは勉強していないわけではなく,これまでと同じ勉強方法で大丈夫だと思って勉強をしてきているのである。

これがなぜなのかを解明してみると,年齢の考慮がなされていないことが判明した。人間の脳の働きは,年齢による低下が考えられている。すなわち記憶力の持続が,30代と40代では大きく異なるのである。このことを理解して,自分の勉強にどのように取り組んでいくかを自分で状況判断して,勉強方法を変えていかなければならない。

我々人間は,加齢とともに脳の働きが低下してきていることは,医学的にも周知の事実である。このことを考慮に入れた試験勉強の対策がなされることが,合格するには必須である。人によって格差があるが,おおむね言えることは, 20〜30代までは,(「試験対策として覚える」という意味での)記憶持続力は1か月間大丈夫であることである。

しかし,40代になると,1週間から長くて3週間までであろうと予測される。3週目になると記憶したものは約半分になっている。さらに,50代になると,3日間維持できるのがやっとであろうと思われるのである。

そのことを踏まえて,自分の年齢を考慮した試験勉強をしていくことが合格の道につながっていくといえよう。このことから,40代の人は,1〜3週間のうちに記憶したことを最初から繰り返し,繰り返し記憶していくことだ。50代の人は,3日ごとに繰り返し記憶するようにする勉強方法をとることである。

したがって,年代によって,勉強の範囲の絞り込みが必然的に必要となり,そこに集中することの繰り返しの間が,自分の年齢の枠内で決まり,自分でそれを把握しての勉強が必要になってくるのである。

「若い頃に比べて記憶力が衰えた」などと嘆いてもなんにもならない。大事なのは,衰えをカバーする工夫を実践することだ。



試験問題を絞る

試験日の1〜2週間前には,1か月前に絞り込んだ各科目10問の問題を,更に出題傾向や最近の警察執行務上重要だと思われるものに関連する3問に絞り込みをしていくことが大事である。

なぜかと言えば,やはり他の受験者との競争である以上,他の人たちよりも高得点を獲得することが必要である。そのためには,この時に3問に絞り込み,その絞り込んだ問題を出題されたら満点近く取れるようにして他の受験者より優位に立つようにしていかなければならない。

そのため,3問までどのようにして絞り込むかをよく検討することが大切になる。これには,前述したように,過去3年間から現在までに警察事象で注目された事件や,法律的な擬律判断を必要とする事項に関係するもの,すなわちその時点で警察官として身に付けていなければならない法律知識に関するものに絞り込むべきであろう。また,得意なテーマよりも,「出題可能性が高いが苦手なテーマ」を優先した方が,得点の上乗せにつながるであろう。

そして,この法律知識は,各階級によってその幅と,その深さが異なってくるものであることも認識しておく必要がある。

ちなみに,10問のうち残りの7問は,その要点を骨子のみに整理して, 目前の集中事項から脇に置いて記憶していくようにする。つまり,前回述べた「魚の骨」のように要点を骨格だけにして覚えこむようにしていくのである。そして,最終的に選択した重要な3問を徹底的に記憶して,これが出題されたら満点近く取れるように,対策準備をしておくことである。


前回、「SA(択一)対策偏重のためか、キーワードの羅列に近い答案を書く受験生が増えた」と採点官経験者の嘆きを紹介したが、そのような状況にあるならば、「バランス(構成)」を意識するだけで、「SAの知識量は多くても文章力がない」受験生を逆転して合格することも可能である。

そして、もう一つ付け加えておきたいことは、「答案の骨」を作る力は、実務家としての文章力の養成に直結している。警部試験に合格し警察大学校に入っても、第一線の捜査指揮官、あるいは警察本部の施策の担当者に着任しても、警察官は文書によって人を説得する機会が多数ある。

文章力は一朝一夕には身に付かない。「警部試験対策の時で良い」「本部に着任して必要になったら身に付ければ良い」などと先送りせず、試験直前の集中力を最大限に活かしてもらいたいものである。


次回は「試験本番で、制限時間の中で、いかに納得のいく答案を書くか」というテーマからアドバイスをお届けしたい。

(「元教官からのアドバイス」『月刊警察』2010年5月号掲載の記事に加筆。)