福島の朝 朝、窓を開け済んだ空気を大きく吸い込みながら西の空を眺めると、青天の下、「吾妻小富士」が本物さながらの美しい稜線を見せてくれます。
 平成24年2月1日、緊急増員措置により22の都道府県から350名の特別出向警察官を受け入れさせていただきました。福島県ゆかりのスーパーヒーローにちなんだ「ウルトラ警察隊(Ultra Police Force)」という名にふさわしく、「こういう時だからこそ被災地に行って被災者のために役立ちたい」という崇高な使命感を持った精鋭たちです。貴重な人材を送り出してくださった各都道府県警察幹部のご英断に、心より敬意を表し、感謝申し上げます。
 春、残雪の「雪うさぎ」が姿を見せれば田植えの合図です。青い空に逞しく映える美しい山々、歯ごたえのある甘い桃、柿、梨、リンゴなど、季節の美味しい果物、甘みのある最高級のお米とそれを原料にした風味豊かな日本酒の銘柄の数々、泉質や効能の個性豊かな温泉地、太平洋沿岸で獲れる豊富な魚介類、歴史的な観光地、豊富な新雪で迎えてくれるスキー場等々、福島県の良さを挙げればきりがありません。
 その福島県に平成23年3月11日発生の東日本大震災がもたらした爪痕は大きく深く、1,605名の方の命を奪い、いまだ214名の方が行方不明のままです。そして翌3月12日、14日、15日と続いた原発事故によって、震災発生から1年経つ今も、6万人を超える福島県民が県外へ避難しています。
傷つきの中で 「自宅は流されました。」「家族はまだ見つかっていません。」「一時帰宅をしたら新築の自宅のドアが破壊され空き巣に入られていました。」これまでに何人の警察職員から、このような言葉を聴いたでしょうか。原発事故に伴い設定された警戒区域を管轄する双葉警察署の署員はもちろん、津波で被災した地域や警戒区域内に実家や自宅がある警察職員は少なくありません。
 発災当時、各被災地では多くの警察官が命の危険を感じながらも、目の前の失われそうな命を守るため必死で避難誘導を行いました。それにより4名の警察官が職に殉じ、巡査部長昇任目前だった24歳の若手警察官はいまだ行方不明のままです。暗闇での行方不明者捜索活動では、大きな余震の恐怖に耐えました。黙々と作業を続けるベテラン警察官や側にいる仲間の存在を支えに、折れそうになる心を抱えながら、それでも懸命に生き抜いた若手警察官がたくさんいます。そしてその活動を支え続けた一般職員や職員家族が大勢いました。
 「もう遺体なんか見たくない。」そう思わせるほど数多くのご遺体が至る所にありました。「がれきが邪魔で通れない道を、靴底を釘で踏み抜きながら、徒歩で片道30分以上かけて安置所へ運ぶ。さっきまであったご遺体が引き波で流されたのか、もうない。もっと早く運べていれば……。ご家族が見守る中、あせる気持ちと使える道具が『手』しかない現実のはざまで無力感に苛まれる。」そのような述懐が、幾人からもこぼれます。
心の触れ合い 「いろんな県のパトカーがたくさん走ってますよね。全国から警察官が応援に来てくれていることが本当に心強いんです。」発災後の昨年4月に松本光弘県警本部長が出演したラジオ番組での女性アナウンサーの言葉です。その思いは、今から17年前に兵庫県警で見習い勤務に従事していた私が神戸で感じたものと同じものでした。半径20キロメートルに及ぶ広大な立入り規制区域の維持や各種のパトロール活動は、延べ30万人を超える全国警察からの応援派遣部隊によって支えられてきました。この場をお借りして、これらの活動にご理解を示していただいた警察幹部の皆様や、放射能への恐怖心を克服して活動に当たっていただいている警察職員諸氏の皆様に、そしてその活動を支えてくださるご家族の皆様に、心より御礼申し上げます。
 「被災者でもない自分が避難所へ行って何ができるんだろう。『何しに来たのか』と言われるのではないか。」発災直後から女性警察官中心で編成した被災者支援班として派遣された方々は、そんな不安を胸にしていました。実際には、「そんな遠くからわざわざ来てくれてありがとう。」「話を聴いてくれてありがとう。」といった感謝の言葉に触れ、当初の不安は溶け出し、自分たちの活動の意義を見出していかれたと思います。
 「福島に来て初めて、住民から『ありがとう』って言われました。」と嬉しそうに話す応援派遣部隊の方もいたそうです。被災者支援班の活動は、危機介入時の心のケアとして素晴らしいものでした。と同時に、福島の温かな県民性に、我々警察職員が逆に励まされることもしばしばでした。 県民とともに、復興を目指して 「私たちがいなくなったら、ほかに誰がこの仕事をするのかな、とは思いました。」被災現場で大震災と向き合った警察官の素直な気持ちを引き出した「若き警察官の証言」と、移りゆく季節の中で野生化が進む警戒区域における警察活動を記録したフォトムービー「誓い」は、警察官の原点に立ち帰らせてくれます。被災後の警察の活動を理解していただき、被災地への思いを長く持ち続けていただくためにも、全ての警察職員と多くの国民の皆様の目に触れさせていただくよう、全国警察の幹部各位に改めてお願い申し上げます。
 この1年、被災県警は皆必死に走ってきました。福島県警の職員も、身近な場所で同僚を失い、家族を失い、家を失い、勤務場所を失い、救えなかったたくさんの命に向き合い、放射線にまつわる情報や噂と格闘しながら、刻々と変わる状況に対し最善を尽くそうと奮闘してきました。原発事故の影響で離れ離れになった家族もあります。「放射能さえなかったら……。もっとできることがあったのではないか。」そういう無力感に苛まれている職員も少なくありません。そして日々、県民の安全と安心を守るため、我々は全力を尽くさねばなりません。
 目に見えない放射能との戦いは、まだまだ続きます。しばらくの間引き続き、応援派遣部隊の皆様と特別出向者の方々に福島県警が抱える重い荷物を一緒に担いでいただきながら、一歩ずつ着実に、復興に向けて歩む福島を支える力強い警察を実現していきたいと考えています。 (おがさわら かずみ)